縁がわで星⭐️

自分を自分で生き戻すためにはじめました。こんがらがった糸をほぐしていくことが地味ではありますが、今の自分には必要なんです。自分にやさしいから人にもやさしくできる。自分が変わる過程が誰かのお役にたてたら本当に嬉しいです。愛と感謝を胸に。

いつのまにか緑だった

ゴールデンウィークを満喫したあとの一週間はつらい。

しかし、その後の二週間目から、あの黄金感はすーーっと流れるように姿を消し、

いつもどおりの日常に戻る。

いつもどおりだからって、つまらないとか味気ない日常ではない。。。

いつもどおりは、平和でシアワセだ。

 

今年は、「散る桜」に初めて美しさや風情を感じた。

満開の姿もそれは、もう、毎年見ても心から感動するし、

このままずっと散らないで、、、

ピンクのままでいて、、、

と思いを馳せるも、見事に散ってくれる。

もちろん、散らないままでいたら自然の摂理に反するし、

「なんと!!今年の桜は、、、散りません!!」

なんてことになったら、別の心配もしてしまうから、

桜だっていつもどおりでいてほしいのです。

 

****

 

桜の花びらがひらひらと散ってゆく姿に、

「は、はかないお姿、、、。しかし、これもまた、、良し、、。」

と思ったこと。

新しい気持ちの芽が、わたしの心にも!!!

 

嬉しい!!けど、ちょっと、モヤがかかる。。。

このモヤはなんだろう。

 

散る桜の美しさは、自分が年を重ねてみえてきた芽。

桜の満開って、若さ。ピチピチ感。青春謳歌の女子大生!

10代、20代のような「若さ爆発!」「若さでなんでもカバー!」「若いから可愛がられる」ことから卒業(今まで若さという年齢に頼っていた自分に気付かされる。)し、その後、周りから求められるある程度の大人スキルや生業、自立(自律)度、母になることなどへの対応。

大人スキルその他諸々について、正直自信はない。 

残念だが、わたしはどれの数値も標準以下だ。

 

…モヤはこの大人の階段のぼれてないと感じる自分かもしれない。

のぼれていない/標準以下は

「人と比べて」から発生している。

 

そう!!人と比べている!!

比べることで平均がとれ、標準や優劣がつけられるけれども。

誰かと自分を比較して、これはわたしの方が上。あれはわたしの方が下。下。下。。

この繰り返しに、意味はあるのか。

ポジティブでいればいいいのかもしれない。

わたしの方が下。下。。が続いても、

「次はがんばる!」「まだまだこれから!」

「自分にだってできる!」

そう繰り返し自分を励まし続けさえいれば安泰かもしれない。

 

でも、今日は無性に悲しくなるな、なんだか調子が上がらないな、

頭が重くてつらいな、なんて時にするりと入り込んでくる、デキル✩デビル!!

それはすれ違う人かもしれないし、となりで盛り上がっているグループだったり、

テレビの情報だったり、映画の主人公だったり。。

 

「なんで自分はこうなんだろう。。。」

そう思った瞬間、デキル✩デビルの笑み。。。。

負のループ完了!

 

この負のループってつらい。。自分に対してずっーと猛吹雪!

(猛吹雪の時に外に出ると、本当に息もできないくらい苦しい。)

 

自分と全く同じ人生、運命、生き方を辿る人はいない。

だから、自分の生き方の軌道修正をかける時は、

人と比べない。比べるなら、過去の自分・昨日の自分。

自分の中で、自分を育てていく。

過去の自分・昨日の自分と比べて0.1ミリでも前進すること。

 

それをちょっとずつ毎日続けることを、最近の日課にしています。

「他人じゃないヨ、自分自分。」

 

散る桜から私の中での「10代、20代への喪失」を感じたんだ。。。

それも、、また、、良い、、ではないか。

生きているんだもん。

それだけでも十分。

散っても良し、満開も良し、新緑も良し。

 

来年は、桜が、ただ在る、というだけで

もうオールオッケー!!✩

モヤなんてあーりません!

って思える、あっけらかんとした自分でいたい。